fronteのブログ

リストラ離婚 中高年リーマンの半生

中高年 転職 ― 働かないという選択

中高年でリストラされて、なかなか次の転職先が見つからないと本当に嫌になってしまいますね。「こんなに転職できないんだったら、もういいよ!俺は働かない」という気持ちになってしまいます。

 

世間的には、「そんな弱音や愚痴は言わないで!ちゃんと働きましょう。」とアドバイスされるのがオチですが、本当にそれでいいんでしょうか?働かないという選択は、そんなに間違ったことなんでしょうか?

 

私は実際に40歳の時、リストラによって仕事と家庭の両方を失って、「働かないという選択」を真面目に考えたことがあります。道徳的や世間的な面などを全く気にしないで、その選択が自分にとって本当に素晴らしい選択なのかを、実体験をもとにお話いたします。

 

40歳で仕事と家庭を失って考えたこと

正直、絶望しかなかったです。小さい頃から、良い子で、グレることもなく、真面目に勉強してきました。親が裕福でなかったので、校内暴力吹きすさんでいる効率の中学校に行きました。ひどいものでした。そこで、耐えて頑張って勉強して、公立高校に行きました。お金がなかったので、私立には行けませんでしたが、公立高校の中ではトップの進学校です。その後、国公立の大学に進学して、真面目に生きてきました。

20代後半で結婚をして、その当時二人の子供を授かっていました。それが、40歳になると、事業所閉鎖により職を失うことになりました。その時、その当時の家内は、「私と離婚したい。」と言い、結局、離婚になりました。子供達二人は、その当時の家内と一緒に暮らすことになりました。

他人から見れば、「アホな中年男がいたもんだ」ですみますが、その当事者が自分自身の場合は全く笑えませんでした。というか、やってられませんでした。

 

世間の基準に従って真面目に生きてきて、犯罪はおろか道徳的にも悪いこともしてこなかった私が、リストラで職をなくし、家族もなくしてしまった。「もういいわ」という心境でした。真面目に生きるのがアホらしくなりました。といって、40歳の中年男がグレて悪さをするなんて、これこそアホらしいので、「もう何もしない」とマジで思いました。

 

簡単に言えば、「仕事なんかしないで、完全なニートとして生きていこう。」と決心しました。今まで、散々真面目に生きてきて、自分なりにちゃんと仕事をしてきたのに、この仕打ちだから、道徳的や世間的な面から、何か言われる筋合いは全くないと開き直りました。

これからは、毎日が日曜日という極楽な世界が待っているはずだと、ある意味幸せな気持ちに浸りました。

 

働かない選択の現実味

その当時、事業所の閉鎖で、自宅待機で再就職活動していてもいいとの業務命令でした。そこで、再就職活動もせずに、何もしない日々を送ることにしました。つまり、「働かないという選択」をしたのです。

好きな時間に寝て、好きな時間に起きて、好きな時間に食べて、1日ダラダラ過ごすといった感じでした。

15日間ぐらいこの生活を続けると、

レ 全く楽しくない。どちらかと言えば、非常に苦痛である。 レ 暇で暇でしょうがない。 レ こんな生活、一生どころか、1年いや1か月続ける気がしない。 レ テレビを見ても面白くない。 レ 映画館に行って、映画を一人で見ても面白くない。 レ 一人で食事をすると、わびしいだけ。

正直、16日目には、こんな生活嫌だ~~~となって、その当時の会社に出社して、再就職支援活動をしてくれているエージェントに会いに行っていました。

 

「働かない選択」をしても、優雅にお金を使って、キャバクラ等の店で豪遊し、高級店で食事をして、好きな所に旅行をするという選択をしたわけではありません。「最低限の家賃の家に住んで、最低限の食生活で、一生働かずに生きていく。」という実践のための15日間だったのです。

テレビゲームが好きなわけでもなく、大した趣味もないので、家で録画したテレビや好きな映画をレンタルビデオで借りて、最初は楽しんでいました。

そのうち、暇で暇でしょうがないので、外に散歩に出かけてみました。平日だったので、お母さん方が、公園に子供達を連れて遊んでいました。楽しそうな笑い声でした。チェーン店の御飯屋さんに行くと、店員さんは忙しく働いていました。サラリーマンらしいお客さんは、上司と一緒に会社の話をしながら、せわしげに昼ご飯を食べていました。いつもなら、何でもない光景ですが、私が一人ぽつんと置き去りにされているような錯覚に陥りました。

当時、私が住んでいたのはファミリー用のマンションだったので、いろいろな家族の姿を見かけました。すると、「あ~、もう俺には家族もいないんだな~~」という気持ちが急に襲ってきたりしました。

人との関わりの大切さ

リストラで、職と家庭をなくしたので、良い機会だと思い、もう世捨て人のように、働くこともなく、のんびり生きていこうとしました。そして、15日間この世捨て人生活を続けましたが、もう全然幸せじゃなかったです。正直、かなり不幸を感じました。

なにが不幸だと言えば、会社に行かないので職場の人と話す機会は全くありませんでした。そして、家族もないので、奥さんや子供たちと話す機会も全くありませんでした。

つまり、15日間誰とも話さなかったのです。皆さんは、15日間誰とも話さなかったことはありますか?その間、幸せでしたか?

私は、全然幸せではなく、誰かと話したい衝動が抑えきれず、16日目には会社に行って、再就職サポートエージェントと話しました。別に、再就職なんてどうでも良かったのですが、誰かと面と向かって話がしたかったのです。やはり、人間は社会的動物で、オオカミのように孤立して生きていけるようにはなっていないことを実感しました。

 

誰とも話さずに15日間生活して、その方がとても幸せだと思える人がいるのかもしれません。いわゆる引きこもりになっても、その生活に満足していて、幸せに生きていける人達です。

 

世捨て人生活に関して、私も最初は世間の煩わしさから逃れて、非常に開放感のある生活に浸れるとワクワクしていました。しかし、私には全く合わなかったです。やっぱり、私は人と関わらないと生きていけないと実感しました。

会社員として働いていた方が、15日間経験した世捨て人生活よりも、よっぽど楽しく、体の調子も良いことが実感できました。

じゃ、中高年が人と関わるのはどうすればいいのか?会社で働くことだと気付いたわけです。人と関われて、かつ給料を貰えるのです。こうしてみると、会社員になるのは一石二鳥です。

なので、私は自ら「働かないという選択」を放棄した訳です。このように、真剣に「働かない選択」を検討した結果、会社員として働くことは全然悪いことではなない、いやむしろ精神的にも、身体的にも、非常に良いことだと心底気付くことになったのです。

それからは、やる気満々、バリバリ前向きな気持ちで、転職活動に励むことができました。

逆説的ですが、自分がやりたいと思ったことは、法律に違反することでなく、他人にも迷惑をかけることでないなら、やってみたらいいと思います。そうすることで、今まで全く見えていなかったことが見えてくる場合があります。私の場合が、まさにそうでした!

 

まとめ

全く働かないというのは、思ったほど幸せでないと感じました。もちろん、大金持ちで、毎日豪遊して、色々な人達とゴルフやヨットといった趣味で深くつながっていたのなら、そうは全く思わなかったとおもいます。

しかし、私の目指したのは世捨て人の生活でした。働かずに、生活を切り詰めて、人との接点がない生活をすると、私の場合は耐え難い苦痛を感じました。

 

孤独死というのが現在では社会問題化しています。誰とも接点を持たずに、死んでも、死んだことすら気付かれないというのは、幸せと言えるのでしょうか?

私は、小学生の頃、世捨て人の生活と言えば、山に籠った仙人を思い浮かべていました。が、その仙人は生きていくために物凄く労働していたのだと思います。今と違って、生活保護があるわけでもコンビニがあるわけでもなかったので、自給自足の生活をしていたのでしょう。しかも、仙人は尊敬され、色々な人達が仙人も元に訪れて、教えを乞うていたと思うので、そんな孤独でもなかったのかもしれません。

 

実際に、私は働かずに引きこもるという世捨て人の生活を体験すると非常に苦痛でした。好きな時間に起きて、お腹がすいたらコンビニでご飯を買ってきて食べて、テレビをみて、自堕落に生きていく。自給自足の生活をする必要もなく、誰とも会わないので、誰に気兼ねすることもない生活。全く私には向いていませんでした。

 

結局は、私の場合は、サラリーマンとして日々を過ごすことが私にとっては幸せなのだと気付きました。なので、定年後の働かない生活を夢見ることもなくなりました。定年後、どこでも雇ってもらえなくなったとしても、ボランティアで何らかの社会奉仕活動をしたいと思うようになりました。

決して私の志が高いのではなく、世捨て人生活が本当に苦痛だったからです。その苦痛をなくすために、社会との接点を大切に、かつ健康のためにも、何らかの社会活動をしたいと思っています。

仕事と家族があることは本当に幸せだと実感した15日間の世捨て人生活でした。